自己犠牲による医療を辞めることは他の犠牲を払う覚悟がいる

「自己犠牲の上に成り立つ医療は、もう終わりにしよう。」というthe huffington post の記事を目にした。内容は置いておく。医療ははっきり言って医療者の自己犠牲が無いければ今すぐにでも崩壊すること間違いないだろう。しかしその医療者の自己犠牲をなくした場合何が犠牲になるのだろうか。

1.医療従事者の自己犠牲は何故必要なのか

 なぜ医療従事者の労働環境はそれほどいいとは言えないのでしょうか。それは人が足りないからです。最低限の人数で最大の成果を上げるために行われていることが医療従事者の自己犠牲の本質です。需要を満たすために医療の供給を最大限増やさなければなりません。しかし人を増やせない以上、誰かが不足している供給を補わなければなりません。そうすると必然的に労働環境が悪くなっていきます。
 では労働環境を良くすればいいのではとなりますがそうもいきません。何故ならば医療機関の収入の中心は医療保険であるので税金から賄われています。医療機関の収入を増やすためには国が主導して医療報酬を増額させなければならないのです。知っての通り日本の財政の現状は悪いです。その中でも毎年1兆円近く医療にかかる予算が増加していっています。それは高齢者が増えて需要が増加しているためです。需要の増加以上に予算が増加しない限り医療者への負担軽減はありえないでしょう。
 

2.医療者の自己犠牲は患者にとってのメリットなのか

 ある側面から見ればメリットであり、違う側面から見るとデメリットになっている。
①メリット
少ない医療費で誰でも診療を受けることができるということだ。これは国民皆保険の是とするものであり日本型医療の理想と言っても過言ではない。
②デメリット
業務で疲弊した医療者からの医療を受けることになるので多少の集中力の鈍りがあってもおかしくはない。医療事故のリスクが万全の状態と比べればやや高くなっている恐れは否めない。

3.医療従事者の自己犠牲を止めると誰かが犠牲になる

医療従事者の自己犠牲とは
・対価のない労働
・不合理な拘束時間
であると思う。人を増やすことができればこの問題は解決するのです。人を増やすために予算を増やせるかどうかにかかっています。しかし行政が医療への支出をこれ以上増やすことが難しいのです。予算を増やすために増税をするしかないのですが、医療界の労働環境の改善のために増税をするとしたら果たして認められるのだろうか。もしくは供給を減らしていくということも考えられます。好きなときに病院にいけない社会を許容することはできるのかと言えば難しいですね。自分が犠牲を払うことが果たしてできるのか、これが問題になるのではないでしょうか。

4.最後に

 自己犠牲により社会を回しているのは医療業界だけではないです。サビ残やブラック企業など様々な歪が世の中にはあります。サービスを受ける側は安いにこしたことはありません。しかしサービスを提供する側は労働環境の面で犠牲になっている側面があるということを忘れてはいけません。自分にも関係があることと考えて皆で少しずつ環境を変えていく努力をしないと、きっと誰かに自己犠牲を強いる社会はなくならない。

サービスに適正な対価を支払うことと、労働への適切な対価は直結している

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